162.「的を狙わずに中てる」―MED仙台2019での気づき

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社会医療人の星

9月22日にMED仙台2019が開催されました。

今年で6回目の開催です。

9人のプレゼンターのお話はどれも、

実体験から発せられた問いとそれに向けての実践談でした。

正直な心情の発露であるが故に

深く心に響きました。

仙台という地を皆が愛し、

コミュニティを大切にして行こうという意思が通底していたように感じました。

med仙台2019

そんな感動的なプレゼンの後に、

私は一体何を話せば良いのかと祈った時に

浮かんできたのが、100年ほど前に東北帝国大学に赴任していた哲学教授、

オイゲン・ヘリゲルの逸話でした。

(詳しく知りたい人にはこの2冊がお薦めです。)

オイゲン・ヘリゲル オイゲン・ヘリゲル

ヘリゲル氏は約5年間の赴任中に、

阿波研造(あわ けんぞう)という弓術家に師事します。

この阿波氏は弓術のみならず、禅にも精通する達人でした。

ヘリゲル氏にとってこの師との出会いは僥倖であり、

私からすれば、「天はよくぞ2人を出会わせてくれた!」と思います。

師は弟子に対し、最初に忠告します。

「弓道はスポーツではありません。したがって、あなたの筋肉を発達させるようなことは何もしません。あなたは、腕の力によって弓を引っ張らず、弓を『精神的』に引くことを学ばなければなりません」

それから、弟子の長くつらい修行が続きます。

真面目なドイツ人らしく、弓道を理論で理解しようとしていきます。

懸命に鍛錬を続けるのですが、

「的を狙わずに中てる」ことがどうしても理解できなかったのです。

あるところで、上達が完全に止まってしまいます。

数多の試行錯誤と苦悩の末に、

ヘリゲル氏は弓道を諦めるしかないというところまで追い込まれていきます。

師はその停滞の原因が不信にあると見抜き、こう言いました。

「的を狙わずに的に中てることを、どうしても承服しようとされない。あなたを先に進ませるためには、もう最後の手段があるだけだ。あまり使いたく手だが」

そして、真夜中に弓道場に連れ出し、

明かりも付けずに、真っ暗な中で2本の矢を取りました。

無言のまま、静かに2本の矢を射ました。

その後、弟子に2本の矢を見てくるように言いました。

すると、第1の矢が的の真ん中に命中しているのみならず、

第2の矢は、第1の矢の軸を引き裂いて真ん中に命中していました。

ここにあるのは、圧倒的な事実と不動の実力です。

この日を境に、ヘリゲル氏は覚醒し、見事、免状を手にします。

この逸話を通して、私がMED仙台で伝えたかったことは、

達人の道は、理論では決して到達できないということです。

まさに、ヘリゲル氏の弓術が停滞したように、です。

社会を本当に良くするには、どんなに素晴らしい理論があったとしても

それだけでは実現不可能です。

私たちは理論で何でも解決できると思ってしまいますが、現実は違います。

エビデンスを信じたい気持ちは分かりますが、理論と現実は全く別物なのです。

一方、「的を狙わずに中てる」様な深い智慧が、MEDにはあります。

理屈を超えた世界です。

それを仙台で強く感じました。

ですから、MEDは

これからの世の中にとって、とても大切なのです。

MED仙台に参加して、ヘリゲル氏の逸話を思い出し、

理屈を超えた世界を再認識出来たことによって、

最近の自分自身の停滞感の原因をはっきりと自覚できました。

私もヘリゲル氏と同様、

理論、理屈で現実に対抗しようとしていたのです。

「的を狙わずに中てる」態度で臨もうと思います(簡単ではありませんが)。

迷いの只中にある私ですが、ヘリゲル氏を羨む気はありません。

私にも阿波研造氏がいますから…。

この僥倖に感謝!