67.「癒しの本質とは」

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社会医療人の星

癒しの環境研究会愛知全国大会ではたくさんの学びがありました。

様々な分野の第1人者の方々のお話を伺うことで、

「癒しとは何か?」を落ち着いて考える機会を得ました。

大会長の東口高志 教授の狙いも

医療人一人ひとりにその深い問いを考えてもらうことにあったような気がします。

参加者みな様々な感想を口にし、それぞれに感動の表情を浮かべていましたので

大成功の研究会だったと思います。

実のところ、今週は別ネタを考えていましたが、

上記研究会のインパクトがあまりにも強かったので、今週も取り上げることにします。

癒しの本質に迫りたいと思います。

今回の研究会のメインテーマは、

「癒しの国・日本 –癒しを基盤に医療・福祉・生活支援を考える-」でした。

そのテーマに沿って、3つのシンポジウムが設定されました。

「癒しと医療」「癒しと福祉」「癒しと生活支援」です。

これらのシンポジウムを通して、癒しのあり方を考えされられました。

医療の場、福祉の場、そして生活支援の場、

それらは結局のところ、生活の場といえるのでしょう。

私が担当したシンポジウム3は、

「癒しと医療」「癒しと福祉」のシンポジウムの後に開かれましたので

それまでのディスカッションを包含するような内容になっていったと思います。

3人のシンポジストは大変素晴らしく、

司会をしていて、こんなに楽しいと思ったのも初めてでした。

シンポジウム3『癒しと生活支援』 8月27日(日)10:30-11:50

司会 秋山和宏(医療法人財団松圓会 東葛クリニック病院)
岡山慶子(株式会社朝日エル)

S3-1 癒しを基盤にした健康医療福祉都市構想
酒向正春(ねりま健育会病院 回復期リハビリテーションセンター、ライフサポートねりま)

S3-2 利用者さんも職員さんもハッピーになれる介護~もし介護に「幸福学」を取り入れたら~
栗原志功((株)あなたの幸せが私の幸せ…)

S3-3 特定非営利活動法人による癒しと生活支援~生活支援の先にあるもの~
小林茂樹(特定非営利活動法人 キャンサーリボンズ)

Sponsored by特定非営利活動法人キャンサーリボンズ/株式会社朝日エル

奇跡の構図 左から 酒向正春氏、栗原志功氏、小林茂樹氏、私、岡山慶子女史、東口高志氏 (写真提供 岡田克之氏)

奇跡の構図
左から 酒向正春氏、栗原志功氏、小林茂樹氏、私、岡山慶子女史、東口高志氏
(写真提供 岡田克之氏)

珠玉のキーワードがポンポン飛び出し、

研ぎ澄まされた時間と空間になりました。

「役者が揃うと、こうも違うものなのか」と実感しました。

まさに感動、癒しの時間でした。

この感覚は、あの場に居合わせた方なら必ず納得されると思います。

栗原志功さんの発言が印象に残っています。

彼は年商150億以上の会社のCEOですが、

売上を社員の目標設定にしないそうです。

いわゆるMBO(Management By Objective)を強要しないのです。

MBOによる経営では、社員が疲弊していくことを肌感覚で知っているのです。

ですから、彼の会社ではネガティブワードは禁句です。

組織が明るくなるような話題を引き出し、

それが増幅できるような仕組みを作っています。

そして、それらが結果として収益に結びついているのです。

経営を考えるとき、一般に私たちは

収益を第一に考えてしまいます。

収益から逆算して、ビジネスモデルを組み立て、組織を編成していきます。

しかし、栗原さんは違います。

本来、収益は結果として与えられるものであり、

それを目的化すべきではないのです。

底の浅い経営、マネジメントでは

結果としてしか与えられないものを目的化してしまうという錯誤があるのです。

1日目の夕方に八神純子さんと東口 会長との対談とコンサートがありました。

主役を待つ静かなステージ

主役を待つ静かなステージ(実際のステージは写真撮影禁なので雰囲気だけお裾分けです)

日頃から親しいお二人の自然な対談に引き込まれましたが、

それ以上に八神さんのコンサートには圧倒されました。

素晴らしい歌唱力で、感動、感動、感動!でした。

閉会式で東口会長が、

「あの高音を聴いた瞬間、鳥肌が立って、本当に我を忘れてしまった」

と話されていました。

そして、最高の癒しをいただいと言われました。

私も全く同感です。

その瞬間は、全く予期せずに訪れました。

その瞬間、私は「癒しの本質」を体験していたのだと

後になって気づきました。

癒しとは結果として与えられるものなのでしょう。

癒しを得ることを目的化してしまうと

つまり強く意識してしまうと

実は離れていってしまうものなのだと思います。

瞑想しようと意識すればするほど、瞑想状態から離れていくのと同じです。

瞑想の瞬間とは人為で作れるものではなく、

実は起きるものなのです。

Occur, happenの世界です。

瞑想はするものではなく、起きる(生まれる)ものなのです。

癒しもそのようなものではないかと思うのです。

先の経営の話に戻れば

癒しは結果として与えられるものであり、

目的化すべきではないのでしょう。

目的化しようと人為を働かせれば働かせるほど

得難いものになってしまうような気がします。

「人は、人を癒す時に、最もよく癒される」という話がありました。

その通りだと思います。

それは、何故か?

それこそ、癒しを目的化しない最良の方法だからなのです。

癒しとは、起きるもの、生まれるものです。

そこに、癒しの本質があると

天にも届くような八神さんの美声から学びました。実感しました。

有り難うございました。