74.「総選挙を目前に、映画『エルネスト』を再考する」

社会医療人の星

映画『エルネスト』が封切られて1週間の

観客動員数TOP10の発表を見てみました。

なんと、『エルネスト』はランク外ではありませんか?

一体、何位なのでしょう?

個人的には高評価の映画だっただけに残念です。

でも、冷静に考えてみれば

そんなものなのかもしれません。

今週末は衆議院議員総選挙です。

選挙を目前に、今週も映画『エルネスト』を深掘りしたいと思います。

社会医療人の星

先週の映画評のメルマガは、

予想外に反響がありました。

書き終わってみて、書き残したことがあったことに気づきました。

選挙カーから流れてくる候補者名の連呼にうんざりしている今、

やはり書かなければならないとペンを取りました。

(正確には、キーボードに対峙しています)

The ends justify the means.

「目的は手段を正当化する」と訳されますが、

「嘘も方便」のレベルは許せるとしても

「正義のためには人殺しも許される」というレベルには決して同意できません。

戦争を正当化する論理でもあります。

映画『エルネスト』のゲバラやフレディ前村は

その論理に飲み込まれはしなかったであろうと前回書きました。

ゲバラをして革命に走らせた衝動、原体験とは

医学生時代の南米旅行でした。

そこで見たものは、先住民、農民、鉱山労働者らの数多の人々の極貧の生活と苦悩でした。

私は、偉業を為すのは原体験にあると信じています。

ゲバラ自身は裕福な家庭に生まれ育ったのですから、

生活苦は彼の原体験にはなりえません。

しかしながら、豊かな感性を持った彼は、旅行先で

我が事以上にその苦悩を共有していくことになります。

そして、それが彼の原体験となったのです。

多くの人がゲバラを慕うのは、

他人の苦悩を背負い込んでしまう、彼の深い人間愛に拠るのだと思います。

映画の主人公 フレディ前原も同様です。

裕福で、誠実、勤勉な彼は、共産党青年部に所属していたが故に

自国ボリビアの医科大学に入学することが出来ませんでした。

その運命が、社会主義国キューバでフレディとゲバラを引き合わせることになるのです。

映画の中で、少年フレディが貧しき友人に対し

親切な行いをするシーンがあります。

フレディの誠実な人柄が丁寧に表現されています。

しかしそれは、ラストシーンでの人間社会の残酷さを刻む伏線となっていました。

フレディが処刑されるシーンです。

何と、フレディの前に銃を持って立っていたのは

かつてフレディが親切に世話を焼いていた友人でした。

友人である兵士がフレディに温情をかけるのかと思いきや

全く反対でした。

少年時代の友人はこう吐き捨てました。

「こいつは金持ちで、いつも自分たちを蔑んでいた」

「自転車を見せびらかして、意地悪な奴だった」と。

実際にフレディを処刑したのは別の兵士だったのでしょうが、

この残酷な演出によって、

私は人間社会の厳しさ、理想社会実現の難しさを思わずにはいられませんでした。

確かに現実はそうです。

ゲバラやフレディの人間性の素晴らしさに酔いしれていた私は、

鉄槌で目を覚めさせられた気分でした。

阪本順治監督のならでは、毒のある味付けです。

阪本順治監督

そんな覚醒した目で衆議院の選挙活動を見つめると

大きな違和感を覚えます。

この失望感を他人のせいにする訳にはいきません。

『エルネスト』がTOP10に入らないこの社会に

嫌気をさしている暇はありません。

民主主義のあり方が根本的に間違っているなどと言ってみても

何も変えられません。

現実社会の正当なルールに則って、

少しでも社会を良きものにしていかなければなりません。

そうだ、選挙に行こう!