60.「山田方谷の気骨」

「山田方谷(やまだほうこく)」を知る人は少ないのかもしれません。

少しでもその存在を知る人であれば必ず、

敬愛の念を抱くのではないかと私は思います。

山田方谷(1805~1877年)は、

幕末期に財政破綻寸前の備中松山藩5万石を立て直した名財政家であり、

卓越した政治家です。

わずか8年間の改革で借金10万両(現在の価値で約300億円)を返済し、

余剰金10万両を作ったというから驚きです。

このような改革は、リーダーに相当な気骨がなければ実現しません。

その輝かしい実績以上に、その人物そのものが素晴らしいのです。

英傑そのものです。

河井継之助の師としても知られています。

60 山田方谷の気骨

上の文章の意味は、以下です。

父母に産み育てられ、

天地の間で生を営む。

男児たるもの、よくよく心に刻め、

草木とともに枯れ朽ちてはならぬと。

それにしても、経世済民のいかに困難なことか。

14歳で母を失った一年後、

失意から立ち上がる際に師に差し出した文章です。

気高き精神が伝わってきます。

その後、15歳で父親も失ったため学業を辞し

突然、一家三人の主になったのです。

一家の突然の不幸とはいえ、

断腸の思いで学問の道を諦めたのだと思います。

天は、世を導く人を

時にこのような試練を課しながら鍛えていくのでしょう。

その運命に心を折られ、挫けてしまう人も数多と存在したはずです。

方谷は違いました。

若き方谷の文章には、生まれ生かされていることへの感謝があります。

感謝を懐深く持つ人は強いのです。

草木とともに枯れ朽ちてはならぬ」という言葉に

私は強く鼓舞されます。

頼山陽の「汝、草木と同じく朽ちんと欲するか」をも想起させます。

そして、

それにしても、経世済民のいかに困難なことか」という言葉に

得も言われぬ共感を覚えます。

リーダーの苦悩を思わずにはいられません。

久しぶりに本物の気骨に触れたことで、心が復活してきました。

皆さんは、どうでしょう?