11.「看護師さんをスパイ?に多くの手術を経験」

岡田晋吾 ままならぬ医者人生

この夏も暑かったですね。

実はうちの家にはクーラーがありません。

決して貧乏? なのではなく、函館で最高気温が30度を超えるのは年間4日ほどで、

夜になると涼しくなるからです。

でもまさか自分が函館で働くなんてことは研修医の頃はまったく想像つかなかったですね。

人生わからないものです。
さて、自衛隊中央病院の研修が終わって、

2年間の研修医生活もあと3か月になりました。

残りの3か月は自分の属している科を回ります。

つまり私は第一外科を回ることになります。

研修医の生活は朝一番で採血に行って点滴を入れたり、

内視鏡などの検査の手伝いをしながらいろいろなことを教えてもらいます。

でも一番はやはり手術に入ることです。

とにかくいろいろな手術を見て、たくさん手術をやらせてもらって、

早く「手術が上手な先生」と言われたいという望みでいっぱいです。

そのためには同期の医師達よりもたくさんの手術に入ることです。
定期の手術予定は決まっているので、

自分だけたくさんの手術に入ろうと思うと緊急手術に入ることが一番です。

先輩の先生に手術が入ったらすぐに連絡してくださいとアピールはもちろんですが、

とにかく医局あたりでたむろして、

早く緊急手術の情報を素早くキャッチしていようと思っていました。

でもずっと病院にいるわけにもいかないので、なにか良い方法はないかな? と考えたのが、

看護師さんたちをスパイ? として使うことです。

つまり手術予定で病棟に入ってきたら、

すぐにポケベル(そのころは携帯電話ないからね)を鳴らしてもらうことにしました。

そうすると誰よりも早く病棟に駆けつけられます。

そうすれば手術の手伝いを探そうとしている先輩医師にとっても重宝されますし、

早く着くことで患者さんの身体所見を取ることができますから、

このお腹の硬さや痛みの程度でお腹の中はこうなっているんだと言う勉強もできるわけです。

今みたいにCT,MRIなどいろいろな検査がすぐにできるわけでもないので、

身体所見を取ると言うことはとても重要なことだったのです。

教科書を読んでいるだけではわからないですからね。

我ながらいいアイデアでしょ? おかげでたくさんの手術に入ることができました。

これは自分の外科医人生にとって大きな力になりました。

先輩医師たちには「岡田はまるでハイエナだなあ」とお褒めの? 言葉をいただきました。

でもこれも誰でもできるわけではありません。

そのころの大学病院の外科病棟の看護師さんたちはプライドも高く、

研修医なんてって言う感じでしたから、日ごろからこまめに看護師さんのお手伝いをして、

飲み会などに誘われるとできるだけおごって、

こちらの味方になってもらうように日々努力していたわけです。

こういう努力はその後の私の医者人生だけでなく、人生全体に役立つことになりました。

このあといくつかの病院に行くことになるのですが、

どこに行っても自分の味方をうまく作って、

いつのまにか自分のやりたいことをやっていくことができる環境を作ると言う基本を

この時期に勉強したかもしれませんね。

※掲載内容は連載当時(2018年6月)の内容です。