10.「奥深い皮膚科の研修、そして外科研修のスタート」

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岡田晋吾 ままならぬ医者人生

さて、半年に及ぶ自衛隊中央病院での研修医生活もいよいよ最後に入ります。

最後は皮膚科を選択しました。

学生時代、外科病理を見ていていちばんわかりにくかったのが皮膚科でした。

顕微鏡で見て導き出す病理所見は単なる慢性炎症とかなのに、

実際の臨床病名はいろいろ違っていて不思議な診療科だなと思っていました。、

それとこれから医者をやるうえで、身近な皮膚科の病気を知っていると、

とっても得なんじゃないかとも思っていました。

初めて同期3人で皮膚科の診察室に伺うと、3期先輩のY先生が部長でした。

さっそく軽い試験みたいなものをされたので、

適当にやろうと思っていた私は面食らいました。

遠い昔に覚えた病名とかを答えたら、

3人の中で一番!の成績だったらしく、褒められました。

なんでも褒められるとうれしいものです。

適当にやるつもりだったのが、

しっかりやろうと思ってじっくり先輩についてみていると、これがまた面白い。

発疹にもよく見るといろんな形や色があって、

その違いや他の症状などでいろんな診断名を導き出します。

今まで、発疹なんてと思っていたけど、

患者さんにとっては自分でも見られるものですから不安で仕方がないので、

その診断がすぐについて、

治療方針を決めてもらえるって言うのはとてもうれしいことなんだなと思いました。

どの科も奥深いものですね。

と言ってもそのころの自衛隊病院はオープン化されていませんから、

外来に来るのはほとんどが男性の自衛隊員さんです。

ということでほとんどがいわゆる水虫、

いんきんたむし(最近聞かなくなった言葉ですね)の患者さんです。

病変から落屑を取って顕微鏡で白癬菌を見つけて診断するということですね。

これは最初の頃は自分で診断できるので面白かったけど、次第に苦痛になってきました。

あと診るのは汚くしているお尻や背中にできた膿がたっぷり溜まった粉瘤とかでした。

むさい男の股間や背中、足ばかりじゃなくて、もっとバラエティに富んだきれいな?発疹や、

もっと困っている人を見たいと思っていたら、

隣の三宿病院に行くと一般の人たちが受診に来るので、

こちらでいろいろな皮膚病変を見ることができました。

アトピー性皮膚炎の重症患者さんを入院で見て、

毎日全身に軟膏を塗って診ていくなど、いろいろな経験をさせていただきました。

今考えると、褥瘡患者さんを診た覚えがないので、

そのころは高齢化も進んでいなかったので、

今ほど褥瘡患者さんはいなかったのでしょうか?

今思うと不思議な感じですね。

いよいよ皮膚科が終わるころに部長先生に

「君、優秀だから皮膚科に来ない?」って誘われましたが、

もうすでに産婦人科から外科に移っていたし、

皮膚科には興味はあったけど治療法がほとんどステロイド軟膏を使うだけ

(皮膚科の先生、すみません。そのころの印象です、

ステロイド軟膏の選択、使い方は大事です)だったので、丁寧にお断りしました。

皮膚科は主に午前診療で入院患者さんもほとんどいなかったので、

午後は2か月間まったく暇でした。

部長先生も自由にしていいと言ってくださったので、何をしようかと思い、

考えた末に自動車学校に行くことにしました。

国家公務員でしたから今なら相当怒られますよね。

さっそく小平市にある自動車学校に申し込んで、毎日自衛隊中央病院の帰りに寄って、

ちょうど2か月で自動車免許を手に入れることができました。
ついに半年に及ぶ自衛隊中央病院での麻酔科、整形外科、皮膚科の研修も無事終了して、

いよいよ防衛医大病院に戻って外科での研修が始まります。

手術が早くうまくなりたいわけですから、とっても燃えていました。

さてどんな研修になるのでしょうか?

期待と不安の混じった若い医者だったわけです。

※掲載内容は連載当時(2014年6月)の内容です。