13.「「今夜、すべてのバーで」 中島らも

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山中英治 文学? 散歩
「今夜、すべてのバーで」 中島らも

「今夜、すべてのバーで」
中島らも

「なぜそんなに飲むのだ」

「忘れるためさ」

「なにを忘れたいのだ」

「…。忘れたよ、そんなことは」

(古代エジプトの小話)

「今夜、すべてのバーで」のプロローグです。

作者の中島らもは兵庫県尼崎の歯科医院の息子として生まれ、

灘中学に8番で入学した秀才でしたが、

灘高在学中にバンド活動や漫画投稿に夢中になり、

飲酒、睡眠薬などにも手をだして、

授業もテストも受けずに卒業しました。

コピーライター、シナリオ作家、エッセイスト、小説家として

独特のユーモアのある作風で人気を得ましたが、

生来のサービス精神から仕事を断れず、

執筆に行き詰ると飲酒に浸る生活でアルコール依存症になり、

ついには泥酔して階段から落ちて、脳挫傷のために52歳で亡くなりました。

太宰治らと同じく育ちの良い秀才が、進学校で自我に目覚めて破滅型の生活を送るのですが、

根は優しく品性が良いので、期待に応えようとして依頼を断れず、

思うような作品ができないと薬物やアルコールに依存してしまうというパターンです。

この作品は彼が実際にアルコール性肝障害で入院した時の体験を基にした小説です。

肝臓病の検査とアルコール依存症についての詳細な解説が随所に挿入され、

作者の根は真面目な几帳面さが良く現れていて、医者が読んでもなかなか勉強になります。

一方で、お盆には退院しようと思っていた患者が、

腹水がたまったせいで家に帰れなかったので「腹水、盆に帰れず」とか、

しょうもない笑いを散りばめ、おおいにサービス精神も発揮しています。

実体験を題材にしてあるだけに依存症の精神状態や身体症状、

離脱症状や回復の過程も実にリアルです。

離脱症状を克服すると、徐々に身体が正常に戻っていきます。

尿の色がコーラ色から紅茶色に、便が水様便から固形便に、

顔色が灰色から肌色になり、液体しか受けつけなかった身体が食欲を感じます。

垢もフケも出なかった皮膚に脂気が戻り、風呂に入ろうと思うようになります。

私は毎日病院にいますが、病気では無く仕事でいるので、

また幸いにも大きな病気もしたことがないので、

病気で入院している患者さんは、こんなにしんどくて、

このようにして回復していくのだと知りました。

主治医は屈強な健康そのものの肝臓内科医で、

回復してきて体調が良くなった患者の「おれ」と「依存症」について語り合います。

「薬物中毒はもちろんのこと、ワーカホリックまで含めて、

人間の「依存」ってことの本質がわからないと、アル中はわからない」

「何かに依存していない人間がいるとしたら、それは死者だけですよ」

「アルコールに依存している人間なんてかわいいもんだ。

血と金と権力の中毒になった人間が、国家に依存して人殺しをやってるじゃないですか。

連中も依存症なんですよ」

と、アル中の「おれ」はなかなか奥が深いことを言います。

確かに病院の救急外来に、泥酔して怪我で来院するアル中のオッサンは、

酔いが醒めると急に弱気になって「すんまへん、すんまへん」と謝ったり、

中には自分が情けなくなって涙ぐむ人もいたりして、かわいいもんかもしれません。

アルコール依存症は、煙草と違って副流煙を出さないので他人にあまり被害はなく、

主に壊すのは自分の心身と家庭ですから。

しかし、酒は適度に飲めば、美味しく、かつ楽しい百薬の長です。

大人の特権の一つです。

明るく楽しく飲みましょう。

本作の文庫版には、最後に中島が尊敬する作家で、

忍法帖シリーズの「魔界転生」などの作品で有名な山田風太郎との

酒飲み同志の対談が載っています。

山田も開業医の息子で自身も医学部に行っています。

書店でレジに出すのが憚られるようなタイトルの本も書いているようです。

題して、

「うんこ殺人」

「陰茎人」

※掲載内容は連載当時(2013年9月)の内容です。