09.「経験?を積み重ねる臨床研修制度」

岡田晋吾 ままならぬ医者人生

さて、2014年のお正月は息子も娘も帰ってきて、久しぶりに親子4人で過ごしました。

医学部5年生の息子は現在各診療科を回って臨床の勉強をしています。

その合間に卒業後にお世話になるための病院めぐりをしているようです。

大学医局制度が崩壊して、自由に研修先を選べるようになって楽しそうだけど、

逆に選択肢が増えて大変かもしれませんね。

私と同じなのは卒業後いくつかの科を回る臨床研修制度ですね。

でも私たちの頃は防衛医大くらいがこの制度でした。

私は救急部3ヶ月、外科3ヶ月、内科3ヶ月と回り、

いよいよそのころマイナー(今は言わないのかもね、

外科も内科も細分化されてマイナーばかりかも…)と

言われていた科を回ることになりました。

防衛医大の研修施設は所沢の防衛医大附属病院と三宿の自衛隊附属病院の二つです。

私は先に附属病院を回ったので次は三宿でした。

所沢から三宿まで通わなければいけませんが、運転免許すら持っていなかった私にとって、

毎日満員電車で所沢から三宿まで通うのはとてもストレスです。

どうしようと思っていたら、

同級生たちが車に乗っけてくれて一緒に行ってくれることになりました。

でも何もしないのも悪いので、地図の読める裏道のナビゲーションをすることになりました。

今のようにナビゲーションシステムなどはありません。

道路地図を買って試行錯誤です。

一方通行も踏切も多いので、

一回失敗すると始業時間に間に合わなくて怒られることもよくありましたが、

若い私たちは平気でした。

さて臨床研修ではマイナーと言われていた科を3つ選ぶことができました。

外科医を目指していた私は将来必要と思われた麻酔科、整形外科、皮膚科の3科を、

2~3ヶ月ずつ回ることにしました。

まずは麻酔科です。

自衛隊病院は普通の大学を出た先生たちはあまりおられず、

大学の先輩ばかりでびくびくしながら研修を受けていました。

というのも大学時代の全寮生活では先輩後輩の関係がしっかり出来上がっており、

お風呂でもなるべく先輩に水をかけたりしないようにと

考えて行動するのが当たり前だったからです。

特にその時に麻酔科におられた4年先輩の先生は、

体も大きくて体育祭の“棒倒し”で興奮して後輩を殴って、

毎年1回戦で退場になると言う先輩でしたから、

ほとんど声も出ないで、

もし大きな声で怒られたらその場で失禁するかも知れない状態で医局に伺いました。

しかし、医者になると違うらしくて、とっても研修医に優しくかつ患者さん思いで、

こちらが拍子抜けするくらいでした。

いろいろな手術の麻酔をかけさせてもらって、

外科医の手術を外から見るという貴重な経験をたくさんさせてもらいました。

さて次は整形外科です。

外科医ですからもしかして面白かったら整形外科に転向してもいいなと少し思って、

楽しみにしていました。

もちろん、自衛隊病院ですから外傷、特に骨折患者の宝庫?ですから毎日手術です。

自衛隊員は若い人ばかりですから、大腿骨頚部骨折などではなくて、

鎖骨骨折や足や手の骨折です。

鎖骨骨折などはすぐにやらせてもらえます。

でも消化器外科医から見るとあまり繊細さを感じない手術

(整形外科の先生、ごめんなさい、そのころの整形外科です。

今は内視鏡手術など繊細ですよね)で、

骨にドリルで穴をあけて金属で固定するなんて、

まるで大工仕事だなと思って興味は消えさりました。
今、開業医になって外傷を毎日見ていると、

もう少し真面目に取り組んでいればよかったなと思います。

後悔先に立たず、ですね。

さて、その次に選んだのは皮膚科です。

まあこちらもあまり期待しないで適当にやろうと思って行きました。

でも…、続きはまた次回。

※掲載内容は連載当時(2014年2月)の内容です。