すき焼きの肉皿の真ん中に乗っている白いブロック状の牛脂、
熱した鉄鍋にひくと、香ばしい薫りが立ち昇り食欲をそそります。
私たちの世代が幼少の頃はすき焼きは御馳走でした。
今のように焼き肉やしゃぶしゃぶなどが一般化しておらず、
親戚が集まった時や誕生日などのイベントで、
たまに上等な牛肉が食べられる機会でした。
ですから「脂肪の塊」にはおいしいイメージがあります。
豚の角煮のバラ肉の脂、味のしみたチャーシューの脂、
マグロの中トロ、お好み焼きや焼きそばの豚肉の脂、
カリカリに焼いたベーコン、焼き鳥の皮や秋刀魚の皮、
串カツ、エビフライにカキフライ、
鶏の唐揚げ、嗚呼なんて脂は美味しいのでしょう。
ところが、この美味しい脂が昨今の日本人の糖尿病患者の増加の大きな要因なのだそうです。
最近は欧米型の肥満の人が増えていて糖尿病や高脂血症、虚血性心疾患が増えています。
昔と比べてカロリーの摂りすぎなのではと考えますが、
驚くべきことに糖尿病の少なかった昭和30年代とほとんど摂取カロリーは変わらないそうです。
日本人はずっと食物繊維の豊富な穀物からカロリーを摂取してきたので、
動物性脂肪をメインにカロリーを摂取すると内臓脂肪型の肥満になって、
糖尿病などの生活習慣病になってしまうと考えられています。
確かに脂は美味しいのですが、日本食の醤油、味噌、味醂などの調味料、
鰹や昆布、煮干しのダシによる絶妙の味付け、
梅干、柚子、山椒、唐辛子、酒粕による豊富な味のバリエーションは素晴らしいです。
秘伝のタレによる鰻のかば焼きや焼き鳥などは、
欧米の鰻や鶏の単純に油で揚げた調理法とは格段の差があります。
ヘルシーであるという理由で欧米で日本食がブームになっています。
「アメリカの家に棲み、イギリスのスーツを着て、中華料理を食べ、
日本人を妻にするのが最も幸福な男だ」というジョークは、
日本人女性はしとやかで、かつ中年になっても、
欧米人のように見違えるほど太らないということも理由であるとのことですが、
今や中華やフランス料理よりも日本料理が世界で一番かもしれません。
もちろん「なでしこジャパン」が今も世界一であることには異論がありません。
内臓脂肪はだめですが、絵画の裸婦像にあるように腰で少しくびれて
ヒップで広がるラインを描くような皮下脂肪があった方が古来より魅力的とされています。
「脂肪の塊」はモーパッサンの代表作で、このタイトルが主人公の女性の愛称ですが、
身も蓋もない直訳のような気もします。
せめて「あぶらみちゃん」でしょうか。
戦時中に敵国の占領地から馬車で脱出する、
たまたま乗り合わせたさまざまな身分の御一行の物語です。
メンバーは貴族夫婦、商人夫婦、尼僧、市民運動家と、小太りの娼婦である彼女です。
彼女以外の面々は、社会的身分、財産、宗教、思想などを拠り所にしてきたわけですが、
これらは本当に危機的な状況の中では、まず役に立たないものの代表です。
彼らは空腹に耐えかねて、普段は蔑んでいる身分の娼婦におべっかを使って、
食べ物を分けてもらってガツガツ食べます。
小太りの女性というのはお人よしを象徴しているようです。
確かにおおらかで細かいことを気にしない印象があります。
食べたい欲求を我慢することができないという甘さもあります。
自分に甘い代わりに他人にも甘いので気楽で癒されます。
ぽっちゃりした女性を好む男が少なくないのもそういった理由もあるのでしょう。
もちろん、これは外見からの印象なので、
太っていても几帳面、痩せていてもおおらかな女性もたくさんいますので誤解のないように。
文学作品紹介なのですが、今回まで連載してやっと気付きました。
あらすじを書いてしまうと手品の種明かしのようになってしまうのですね。
ですからこのお人好しの娼婦が、この後どんな状況になって、
自分たちは上品で教養や良識があると思っている輩が、
いかに本性は下品で卑しい人間であるかを知らしめてくれるエピソードについては
本を読んで下さいね。
※掲載内容は連載当時(2012年2月)の内容です。