09.「海辺のカフカ」村上春樹

山中英治 文学? 散歩
「海辺のカフカ」 村上春樹

「海辺のカフカ」
村上春樹

猫にも褥瘡はできるのか?

こんな疑問を抱くのは私だけでしょうか?

体重が軽いのと天然の毛皮をまとっているので、できにくいようではあります。

安静臥床の猫というのは想像がつきませんし、

そもそも動くなという命令に従ったりしません。

あの勝手気儘なマイペースな生き方が、

小説の語り部の役割をもさせてしまうのかもしれません。

「海辺のカフカ」は国内外でのベストセラーですが、

この小説では猫が何匹か出てきて、猫語を話せる登場人物と語り合います。

猫が語るというのは荒唐無稽に思いますが、

かの「吾輩は猫である」もベストセラーになりましたので、

明治時代でも猫の擬人化は読者に受容されたのであろうと思います。

ベストセラーというのは、そもそも読みやすい、

すらすら話が展開していく物語が多いと思っていました。

確かに村上春樹も夏目漱石も文章が上手でとても読みやすいです。

「海辺のカフカ」も文章は読みやすいのですが、

色んな話がパラレルに語られるので、

統合するのが私には結構大変でした。

最近の若い方は、ドラゴンクエストのようなロールプレイングゲームを、

良く電車の中などでも楽しんでいますから、

次々と場面が展開するのに頭が慣れているので、

このような作品もすらすらと読めるのでしょう。

当院はER型救急からの緊急入院が多く、

大学病院のように診断がついてから紹介されてくることは少ないですので、

大学病院の研修医が実習に来た際には診断学の勉強になると評価が高いです。

常日頃研修医に検査データや画像診断よりも先に、

患者さんや家族さんから丁寧に問診することの方が、

ずっと診断に至る情報が多いと説いています手前、

私も村上春樹は読解できねばなりません。

患者さんの病歴の物語を統合して診断に導くことは

Narrative-based Medicine (ナラティブ・ベイスト・メディスン)の一環でもあります。

フランツ・カフカの独文学小説「変身」では、主人公が虫に変身します。

なぜ家族は彼が虫になったことを納得するのかなどとは考えてはいけません。

「海辺のカフカ」では変身はありませんが、

ジョニー・ウオーカーやカーネル・サンダースといった有名なキャラクターが、

登場人物として重要な役割をします。

なぜこの人たちなのか? とか考えてしまうと混乱するので、

同じく考えるべきではないのでしょう。

随所に社会風刺などもちりばめられていて、

フェミニズム運動家の女性がカフカ君の潜伏している図書館を来訪する場面では、

本の陳列の順番が女性作家より男性作家が先になっていることを批判したりしますが、

司書は出席番号が五十音順だと言って不都合や苦情がありますか?

ランダムに並べたら不便なだけでしょうというような意味のことを言って

次々と痛快に論破します。

私の姓は五十音順でもアルファベット順でも最後の方でした。

学校で秋山君などは、

いつも予防注射や口頭試問が早く終わって良いなあと思っていましたが、

出席を取る際には最初に呼ばれるので、

私よりも遅刻になるリスクが高いということで相殺されていました。

過剰な個人情報保護もそうですが、

世の中あまり性悪説を優先すると、

トゲトゲしくなってかえって暮らしにくいと思います。

この作品は、いったいどの話がどうなって、

何がどう関連しているのかを知りたくて一気に読まされます。

おそらく多くのモチーフが盛り込まれているので、

世界的に偏らない多くの読者に支持される作品なのでしょう。

盛りだくさんという点では、

このツ・ナ・ガ・ルも秋山塾長のチーム医療への夢が盛りだくさんです。

「海辺のカフカ」は稀代の名演出家蜷川幸雄演出で舞台演劇として最近上演されました。

こんなに場面がころころ変わる物語をどのように演じるのか興味津々でしたが、

さすが蜷川という手法で物語が展開されます。

ぜひ機会があればご覧になって下さい。

各役者さんの持ち味を活かしたキャストの人選もさすがです。

ところで、カフカ、可、不可、思い出しました。

これは確か大学での独語と独文法の私の成績では?

※掲載内容は連載当時(2012年8月)の内容です。