10.「Aging In Place」

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おうちへ帰ろう 宇都宮宏子

療養型で働いている看護師がこんなことを話してくれた。
「ずっとここにいるのが当たり前になっている。おうちへ帰る、なんて考えたこともない。死亡退院か、治療が必要になって急性期病院への転院しかなかった」と。
彼女の病棟に、いくつかの病院からの転院を繰り返して、90代の男性Aさんが入院してきた。

病態の詳細は不明だが、肺炎を繰り返し急性期病院で治療入院の度に、ADL低下、

認知機能低下もあり、「全介助、コミュニケーションは不可」という前病院の看護サマリー。
奥さんが、お見舞いに来ると、元気だったころのAさんの話をナース達は聴いていた。

戦後の大変な時期を頑張ってきて自分の家を持ったこと、

子供たちが独立した後二人で畑を耕しながら静かに暮らしてきたこと。

病棟師長の提案で、「一度だけでも、家に連れて行こう」と外出支援を計画したそうだ。
セラピストとMSW、病棟ナースとでリクライニングの車いすにAさんを座らせて、自宅へ。

「写真が好きな人でね、」と居間の壁にはAさんが写した写真が隙間なく張られていた。

「お父さん、わかりますか?家ですよ」と声をかけると、Aさんはうっすら目を開けて、

「あ~、やっと帰ったか」と、そして「便所」と立ち上がろうとした。

「え?尿意あるの?」と驚いたが、

理学療法士が「はい、じゃ、トイレ行きましょう」と

昔ながらの男性用の小便器で後ろからAさんを抱えて立たせると、なんとおしっこが出た!

「わ~」とみんなで驚くやら、泣き笑いの瞬間だったと。

彼女の病棟では、転院されて早い時期に

「自宅への外出支援」を意識的に取り組み始めたそうだ。

この話を聞いた時、二つの大事な事があるなあと感じた。

一つ目は、治療期も含めて自立支援という視点を持って看護を提供しているか。

入院環境は非日常である。

治療優先のタイムスケジュール、治療期は安全管理のみを考えていると、

病気は落ち着いたけどそれまでできていたことが奪われていく。

リロケーションダメージをいかに抑えるか。

転棟・転院はなるべく最小限にする。

何よりは「入院回避」、いま必要な医療は入院して提供された方がいいか、

在宅で提供する方がQOLを維持できるか?

認知症ケアで有名な大牟田では、グループホームで骨折した高齢者が、

手術後10日目頃には回復期リハビリにはいかずに、グループホームに戻り、

訪問リハビリや訪問看護でリハビリを継続し、

1カ月後にはもとの暮らしを取り戻していると言われた。

そして二つ目はおうちが持つ力。

居心地のいい場所にいることで取り戻す力があるということ。

患者からAさんという生活者に戻っていく。

入院患者の年齢層が85歳以上の高齢者が多い場合、

既に介護サービスを受けている方も当然多くなる。

担当のケアマネージャーが、

入院から7日以内に入院時カンファレンス(多職種カンファレンス)に参加し、

入院前の暮らしぶりや自宅環境の情報提供を行い、

排泄動作の自立や歩行の安定性を保つための検討を病院のセラピストも入れて行う事で、

効果をあげている病院も増えてきている。

昨年、高齢者住宅財団の高橋紘士理事長のお声かけもあり、

「退院支援・退院調整の実態調査」を行う事ができた。

※『医療・介護ニーズがある高齢者等の地域居住のあり方に関する調査研究事業』報告書

急性期病院の退院者で自宅に退院した方と、自宅以外の住まいに退院した方を、

東京圏と大阪圏の急性期病院の退院支援担当者のご協力でデータを収集し、

この両者の比較分析を通じて自宅復帰と施設等への退院者の要因を分析したもの。

自宅に帰るためには、排泄の自立がキーになる事、

また、本人の意向ではなく、

医師に提示された方法や家族の意向で療養場所が決まっていく事実。

一定の支払い能力のある場合も、「家」ではなく家以外の住まいを選択しているという事実。

その住まいは、QOL,そしてQODは保障される住まいですか?

おうちに帰ろう

出典元:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「<地域包括ケア研究会>地域包括ケアシステムと地域マネジメント」(地域包括ケアシステム構築に向けた制度及びサービスのあり方に関する研究事業)、平成27年度厚生労働省老人保健健康増進等事業、2016年

Aging In Placeを叶えるための大事な分岐点の一つが、

「入院・退院支援」の場面であると私は考えている。

誰かに任せるのではなく、私の事として主体的に考えていくことがなければ、

「本人の選択」にはつながらない。

2016年3月、地域包括ケア研究会から出た新しい植木鉢の絵、

あなたは、どう感じましたか?