14.「モーツァルト、ああモーツァルト、モーツァルト… -その1-

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
SNSフォローボタン

フォローする

ツ・ナ・ガ・ル ハーモニー♪吉田貞夫

今回の連載を始める前に、みなさまにご報告です!

何と、ワタクシ、今年も、クラシックソムリエの試験に行って参りました。

今年は、シルバー・クラス。

第1回目の試験なので、過去問もなく、

どんな問題がでるのかとワクワクしながら受験して参りました。

結果は…、無事合格!

今年は、ほとんど勉強する時間もなく、問題も難しくて、かなり苦戦…。

全国10位以内に入ることはできませんでしたが、

何とか20位以内には食い止まることができました。

そして、送られてきたのが、写真の合格証書とバッジ。

思ったより地味ですが…、ときどきライブのときにも付けていますので、

見かけたら、声をかけてくださいね。


さて、今回は、前回のお約束通り、

ワタクシの最も好きな作曲家、モーツァルトについて書いてみたいと思います。

そもそも、ワタクシが音楽を勉強してみようかと思ったきっかけがモーツァルト。

モーツァルトというと、みなさんは、どんな曲を思い浮かべますか?

トルコ行進曲、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、交響曲第40番、レクイエム…、

名曲が次から次と出てくるかもしれません。

ワタクシが、音楽を勉強するきっかけとなった作品は、意外と地味な作品…。

ピアノ協奏曲第27番です。

この作品、モーツァルトが亡くなる11か月前、

1791年1月5日に作曲したといわれる最後のピアノ協奏曲で、

「晩年」の傑作といわれています。

当時、NHK‐FMの音楽番組を担当されていた音楽評論家の藁科雅美さんが、

「晩年のモーツァルトの悲しみと諦め」と評されていたのを今でも思い出します。

楽器の編成はとってもシンプル。

弦楽器のほかには、フルート、オーボエ、ファゴット、ホルンくらい。

トランペットやティンパニなどは使われていません。

透明感のある変ロ長調、寂しいくらい簡潔なオーケストレーション、

そして、モノローグのように淡々と奏でるピアノ…、

どうしたって、「冬」とか「晩年」といったイメージを連想させるような趣きなんです。

第3楽章のメロディは、この作品完成の数日後、子ども用の歌曲に転用されています。

そのタイトルが、『春への憧れ』。

タイトルに「春」がついていますが、

これは、冬のさなかに、早く5月になって、

小川のほとりに小さなスミレが咲くのを待っているという、

まさに、冬の歌なんですよね。

当時のワタクシは、「晩年」の傑作というこの作品を聴いて、

「死ぬってどんな感じなんだろう…。」なんて、思ってしまった子どもだったんです…。

自分の死を身近に考えたことのない11歳の子どもでしたから、

きっとこんな感覚を持ったのかもしれませんね。

ちょうどその少し前、祖母が亡くなりました。

祖母は、胃癌や脳梗塞で、ずっと闘病生活を送っていたのですが、

亡くなる瞬間、ほんの一瞬ですが、とっても晴れやかな表情をしたのです。

その晴れやかな顔に、2月の寒い朝の朝日がすがすがしく差していたのを、

今でも忘れられません。

天国とか、極楽浄土とか、死後の幸せな世界を表す言葉がありますが、

そんな、ただ悲しいだけではない死の一面を、再び思い起こさせてくれたのが、

この曲だったのかもしれません。

自分がこの曲で最も感動したのは、第1楽章の提示部IIの後半。

フルートとオーボエが掛け合いをするところに、

ピアノがとても美しいオブリガートを入れるんです。

今回は、楽譜も抜粋してみました。

楽譜にしたら、たったこれだけ。

6小節。演奏でも13秒ほどですので、

うっかりするとあっという間に通り過ぎてしまいます。

少し前の5:50あたりから聴いてみてください。

聴いていると、天使が戯れながら、天に舞い上がっていくような美しさがありますよね。

この部分、木管楽器は同じモチーフを繰り返しているだけですし、

ピアノは、初め、ソ(G)の音をオクターブを変えて弾いているだけです。

そして、最後に、グリッサンドで上昇。

たったこれだけなのに、ここに込められた思いの深さといったら、どうなんでしょうか!

慈しみ、諦め、憧れ、絶望、開放、浄化、束の間の幻想…。

ホント、やられたと思いました…。

音楽の力は、本当に偉大だと思います。

同じ箇所を、イングリット・へブラーとNHK交響楽団の映像 で見てみてください。

左手を大きく動かして、思い入れたっぷりに演奏しています。

ちなみに、この部分、いろいろな解釈があるようで、

バックハウスやケンプ、リヒテル、ブレンデル、バレンボエムなどの演奏では、

最後のグリッサンド(青矢印)を、スラーと解釈しているのか、

音階的に上昇していないんです。

興味深いですよね。

ぜひ聞き比べてみてほしいと思います。

この曲のもうひとつの聴きどころは、第2楽章です。

この静けさ、地味さ。

冬、朝もやの木立のなかをひとりとぼとぼ歩いているような感じ。

そこにいろいろな思いが湧いてきます。

それを、口に出すわけではなく、ただ噛みしめながら歩いていく…。

そんな感じじゃないですか?

やはり「晩年」の傑作!

死と向き合って書いた作品としか思えませんよね。

と、ここまで書いておきながら…、最近の研究で、

この曲の成立年代に関して、衝撃的な説が出てきました。

この作品は、本当に「晩年」の傑作なのか??

この続きは、次回で。

※掲載内容は連載当時(2013年9月)の内容です。