09.「ワインの作り方と 味わいのヒミツ」

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ツ・ナ・ガ・ル ハーモニー♪吉田貞夫

この原稿を書いているのは、11月上旬。

まもなくボジョレー・ヌーボーの解禁の季節です。

ボジョレー・ヌーボー、一時期、ものすごく注目されたことがありました。

もう最近は、ボジョレー・ヌーボーといっても、

大騒ぎする人は少なくなったかもしれませんね。

ボジョレー・ヌーボーが一過性のブームになった経緯は、いろいろあるとしても、

ボジョレー・ヌーボーが独特な風味のあるワインであることに変わりはありません。

ボジョレー・ヌーボー

実は、ボジョレー・ヌーボーは、単なる新酒ではありません。

あの独特な風味には、製法上のヒミツがあるんです。

その鍵を握るのが、二酸化炭素、またの名を、炭酸ガスです。

ボジョレー・ヌーボーを作る際、通常のワインとは違い、

ブドウの実からいきなり果汁を搾らないのです。

収穫したブドウは、発酵タンクに積み上げられ、

ブドウの重みで自然に潰れるのを待ちます。

ブドウの実の上には、発酵によって生じた二酸化炭素が溜まります。

二酸化炭素が空気を遮断することによって、

酵母による発酵が進みやすくなるとともに、

酸化が防止され、あの鮮やかな色彩とフルーティーな風味を持ったワインが生まれるのです。

タンニンによる渋みが少ないのも、この製法による特徴です。

この製法は、マセラシオン・カルボニックと呼ばれています。

ボジョレー・ヌーボーを飲むときに、その香りに注意してみてください。

フルーツ・ドロップや、イチゴミルクのキャンディーのような

独特な香りが感じられるはずです。

実は、このマセラシオン・カルボニック、

最近は、ボジョレー以外のワインにも応用されています。

フランス南部のコート・デュ・ローヌや、スペインなどでも、

この製法を用いたワインが作られているんです。

コート・デュ・ローヌのワインは、コスト・パフォーマンスが高いものが多いので、

研究会のあとの情報交換会などで出てくることも多いですョ。

フルーツ・ドロップの香り…、要チェックです。

コート・デュ・ローヌや、スペイン

蛇足ですが、マセラシオン・カルボニックの原型を考案したのは、

有名な細菌学者、ルイ・パストゥールで、1872年のことだそうです。

ボジョレーとは正反対で、タンニンを豊富に含んだ、

重量感のある赤ワインを作りたいときには、

ブドウの果肉から出る薄い果汁を取り除き、

果皮などを圧搾して、濃い果汁を作るセニエという方法が行われます。

セニエとは、血抜き、瀉血(しゃけつ)のことです。

ブドウの果汁やワインは、キリストの血にも喩えられるくらいですから、

果汁を抜き取る行為が瀉血と喩えられたのもわからないではありません。

ところで、瀉血は、洋の東西を問わず、

古来から病気の治療として行われてきました。

有名な例では、米国大統領のジョージ・ワシントン、

フランス王妃のマリー・アントワネット、文豪ゲーテ、

作曲家では、モーツァルトやベートーヴェンなども瀉血治療を受けたといわれています。

フランス国王ルイ13世は、47回も瀉血治療を行ったという記録があるそうです。

19世紀以降は、何の根拠もない民間療法として、

一部を除き、ほとんど行われなくなっていましたが、

現在再び、真性多血症、C型肝炎など特殊な病態下で、瀉血を行うことがあります。

さて、そのセニエを行ったワイン、とても高級な赤ワインになることが多いんです。

果実味は濃厚で、ブラックベリーのジャムのよう。

豊富なタンニンが熟成すれば、ベルベットのような舌触り、

チョコレートのような風味になることもあります。

秋の夜長に、ゆっくりと味わって飲むのにもってこいですョ。

セニエを行ったワイン

ここで気になるのは、抜き取られた果汁の方です。

なんてもったいないことを! と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、

そこは、ご安心を。

抜き取られた果汁は、ロゼワインになって販売されることが多いようです。

オレンジ色がかった美しいサーモンピンク。

色に違わぬオレンジやチェリー、アプリコットのような香り、

育ちのいいブドウ独特の濃厚なコクが感じられると思います。

ロゼワイン

最後に、ご紹介したい製法は、白ワインの製法のひとつ、マセラシオン ペリキュール。

英語では、スキン・コンタクトといいます。

果汁を圧搾する前に、数時間、低温で、果皮と果汁を漬け込むことを意味します。

この製法により、果皮に香気成分を多く含むブドウ品種から、

より香り高い、ブドウの個性のはっきりしたワインを作ることができます。

ソーヴィニオン・ブランというブドウから作るワインは、

ときおり、ちょっとツンとした香りや、

緑の草原のような香りが感じられることがあります。

ツンとした香りは、ときに、

「猫のおしっこ」に喩えられるくらい特徴的なものなんです。

こうしたブドウ品種の個性を引き立たせるのが、この製法です。

マセラシオン ペリキュールの産みの親、

デュニ・デュブルデュー教授は、数年前に来日し、

山梨産の甲州ブドウでワインを作ったこともあったんですョ。

確かに、今までとは、ひと味違うワインでした。

山梨産の甲州ブドウ

今回は、ワインの風味の背景にある、

ワイン製法のいろいろについて書いてみました。

ワインを飲みながら、ぜひ、醸造家たちの起こしたイノヴェーションについて、

思いを馳せてみてくださいね。

次回は、冬にちなんで、

北欧の風景を彷彿させる音楽について書いてみたいと思います。

※掲載内容は連載当時(2012年12月)の内容です。