12.「はじめての胆石手術とそうめんの思い出」

岡田晋吾 ままならぬ医者人生

医者になって1年半、外科の研修医として毎日、

外来、検査、手術と忙しい生活を続けていました。

朝は6時半に病棟に行きます。

そのころのT教授はとても朝が早い先生でしたので7時には一人で回診されていました。

遅れて行くと医局で待っていて、患者の状態を知っているのに尋ねてきます。

手術患者が熱が出ていることなど知らないと、とっても怒られました。

怖い先生でしたが、きちんと朝早く患者さんのところに行って

患者さんに触れてお話を聞いているのですから、

駆け出しの若手医師の私も負けられないとも思いました。

それ以来ずっと朝早く病棟に行く癖がついてしまいました。

今でも開業して病棟もないのに7時にはクリニックに行って書類を書いたり、

前日気になった患者さんの家に電話を入れて状態を聞いたりしています。

医師である限りこの生活は変わらないでしょうね。
さて1年目に急性虫垂炎の手術はやらせてもらいましたが、

2年目になると次は胆石の手術をやらせてもらいます。

しかもその最初の手術の相手が怖いT教授でした。

もちろんそのころは開腹手術です。

心配して私を婦人科から外科へ転向させたM講師も見守っています。

本で読んだり、他人の手術を見たりしていますが、いざ自分がやるとなると全く違います。

ドキドキして教授の顔色をうかがいながら少しずつやっていましたが、

一番重要な胆管のところを処理するときに無口な教授が、

「あ、あんた~ ~何するんですか~~」と大きな声で叫ばれました。

よくわからないのでそこら辺りをずばっと突き刺したのでした。

結果的に問題なかったのですが、教授は周りで見ているM講師に呆れ顔で

「岡田君は大胆ですねえ」と問いかけていました。

M講師はしれ~~とした顔で「岡田君は大胆なんです」と答えていたのを覚えています。

さてT教授はショックや外科代謝の研究で有名な先生でしたが、

緊急手術も大好きな先生でした。

特に腹膜炎の緊急手術はほとんどすべてに入っていました。

教授は短気で自分が思った手術器械が出てこなかったら放り投げたり、

看護師に怒鳴ったりしていました。

緊急手術ですから時間外になることも多く、

他の手術がやっていると看護師がいなくて待たされることになります。

教授は待てなくて、看護師はいらない、

研修医にやらせるからと言って先に手術をやろうとします。

看護師も怒鳴られるんならどうぞ勝手にと言う感じです。

そこで我々が看護師の代わりに器械出しをすることになりますが、

なかなか看護師ほど上手にできないので怒られっぱなしです。

もちろん違う器械を渡すと放り投げだされ怒鳴られます。

怖かったけど一番近くで手術が見られるわけですから

そのうち進んで入るようになりました。

教授は手術が終わると先に医局に帰ります。

我々は閉腹をして患者さんが病棟に帰るのを見届けて医局に帰ると、

必ず教授がお中元やお歳暮でもらったそうめんを大量に茹で上げて待ってくれていました。

疲れている我々はうれしくてたくさん食べていました。

教授の作るそうめんはとても美味しかったです。

でもそうめんでお腹いっぱいになった頃に実は出前のお寿司が届きます。

そうめんでお腹いっぱいの我々は食べられず、

事情をよく知っている先輩たちがあとから来て美味しそうに食べていました。

我々は「教授のそうめん地獄」と陰口を言っていましたが、

我々が食べているのを見ていた教授のうれしそうな顔は忘れられません。

無口で怖かったけど医局員思いの先生でした。

私が生前教授に唯一ほめられたのは「岡田君は器械出しがうまいね」でした。