08.「多職種連携、誰のため?」

おうちへ帰ろう 宇都宮宏子

平成24年春、京大病院を辞めて、

全国に「退院支援の伝道師」(笑)として活動を始めた頃は、

圧倒的に病院職員、看護協会等からの研修会でスケジュールが埋まっていった。

でも、平成26年頃から、いわゆる多職種連携研修、

市町村単位での医療介護連携推進関連の研修依頼が多くなってくる。

私自身が、講演依頼者と相談しながら、企画から考える事が多いせいもあります。

研修のスタイルとしては、病院関係者、地域包括支援センター、ケアマネジャー、

訪問看護師、行政関係者(企画者)が対象で、私の講演はあくまでも前座、

と言っても90分しゃべりますが。

メインは、実際の事例を振り返り、テーマを出して、グループワークする時間です。

訪問看護師やケアマネジャー、在宅側や、病院から実際の事例を提供してもらい、

多職種ごちゃまぜのグループでワークをします。

ある地方都市では、「アルツハイマー型認知症があるAさん」、

寝たきりで、お話もできない状態になっていました。

それでも「好きなもん食べさせると、嬉しそうな顔するんや」と、食べさせていました。

当然、肺炎を繰り返し、病院医師から、「今度こそPEG作りましょう」と。

入院期間中の支援を中心に事例提供されます。

私は、『京都ACP看護研究会(連載第6回で紹介)』のように、

ホワイトボードに時間軸で患者さんの経過を書いていきます。

入院前の暮らし、認知症の症状が出てきたころ、

どんなふうに介護保険につながったんだろう。

診断を受けたとき、どんな支援が提供されたのだろう。

入院中の病棟メンバーの気づき、どう考え、どう行動したか。

退院調整部門の看護師、MSWが、何を受けて、どう行動したか。

在宅支援チームの行動も同様に書き込んでいきます。

ACP(アドバスケアプランニング)を考えるためには、

実は病気と向き合った時、在宅、外来通院時の経過、

患者・家族が置き去りになっていなかったか。

暮らしぶりを知り、伴走する支援が提供されていたのかを紐解いていきます。

グループワークでは、お家での様子や病院での退院支援・退院調整、

移行期の在宅支援チームの動き、退院後の支援にも焦点を当てながら、

「できていたこと、良かったこと」「私だったらこんな風に関わるかな」を

みんなで話し合っていきます。

グループ内での意見を発表して全体で共有する時間が実は重要で、

「それどういう事?」「そう思ったのは何でやろう?」「何ができそうかな?」と

突っ込みます。広げます。そして深めていきます。

事例の振り返り終了後、当事者目線で、

「この町で生き切りたい」を叶えるために何ができるかな、

夢をもって語る最後のワークになります。

ある研修会では、介護職のケアマネジャーが

「病院の看護師さんも患者さんの事考えてくれてたんや、って嬉しかったです。

声かけるのも怖かったけど、看護師さんも私らケアマネと話す事に苦手意識あったんやな、

ってわかりました。お互いの強いとこ、弱いとこ、助け合っていければいいですね」

と言われました。

同じグループの看護師に聞いてみると、

既に在宅支援チームが関わっている患者が入院してくると、

病棟看護師が、患者・家族に了解をとって直接ケアマネに電話を入れて、

入院になった事を伝え、在宅での様子を聞く事になっているそうです。

入院前の暮らしぶりを知る事は、退院調整は勿論ですが、

入院中の医療・看護にも大切な情報ですからね。

ドキドキしながら電話したそうです。

CM…「看護師さん、今回、クヘンした方がいいですかね~?」

NS…「ん? クヘン?」

CM…「あ~、区分変更です。上がりますか?」

NS…心の声「え~? 今は要介護2、どれくらいで上がるの? 上がったらなんかいいことあるの?」

「ケアマネに電話するのって介護保険の事とかしっかりわかってないと話せないな」と

思って、MSWに任せたい気持ちになってしまったと。

思わず、「な~んや」って言ってしまいそうですが、大事なことですよね。

医療者も略語、カタカナ語、乱用してますからね。

相手にわかってもらうためではなくて、自分が伝えるだけの一方通行なんですね。

この事例振り返り研修に、民生委員さんや、

社協のボランティアさんにも参加していただくといいですよ。

地域で取り組まれている事も、教えて頂く機会にもなります。

一人暮らしのがん患者さんを最期まで家で支えた事例検討会の後、

70代くらいの民生委員さんが、

「一人の人の生き方を一緒に悩み、考えてくれるお医者さんや看護師さん、ケアマネさんがこの町にいてくださることに感動しております」

「私達、みんなが自分の事として考え、ご近所で支え合いながら、みなさんにも助けてもらってここに住んでて良かったって思えるようにしたいです」と、

思いを語ってくださった。

病院や行政だけで、抱えてはいけない、

この地域で起きている事、みんなで一緒に考えるよう、

「みんなが通る道。だったら明るく、前、進みたいよね」。