14.「チャタレイ夫人の恋人」 D.H.ロレンス

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山中英治 文学? 散歩
「チャタレイ夫人の恋人」 D.H.ロレンス

「チャタレイ夫人の恋人」
D.H.ロレンス

大学時代に「森番」というニックネームをつけられた同級生がいました。

命名した悪友曰く

「あいつは妙に人妻に親切だから」。

ちょうど昭和55年、私が大学3回生の時でした。

「四畳半襖の下張」事件の最高裁判決が出て、

これが「チャタレイ事件」を踏襲する形で猥褻判断を下されて、

被告人側(出版社と編集長)の上告を棄却され、有罪が確定しました。

判例とされたチャタレイ事件とは、

昭和26年に出版されたロレンスの「チャタレイ夫人の恋人」を日本語に訳した伊藤整と、

版元の小山書店社長が猥褻物頒布罪に問われた事件です。

こんな裁判は今から考えれば、

ダビデ像にパンツを穿かせろと命じるかのようなバカバカしい話ですが、

当時は芸術作品でさえ猥褻とされた時代です。

昭和32年の「最高裁の大法廷」で有罪が確定しました。

大法廷が示した「猥褻の三要素」とは、

1.徒に性欲を興奮又は刺激せしめ

2.且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し

3.善良な性的道義観念に反するものをいう

ということで、「これはすごくイヤラシイ本に違いない」と思った自称善良な普通人の僕は

「チャタレイ夫人の恋人」を買い求めました。

ところが、当然有罪判決が出たので、

当時の刊行本は問題とされた部分は削除されており、

削除部分はアスタリスマークになっていたので、

「きっとここには、ものすごくイヤラシイことが書いてあったに違いない」と、

徒に興奮又は刺激せしめられました。

動機は不純ではあったものの、

医学書(それも試験に必要な部分だけ)しか普段読むことのない無教養な医学生に、

イギリス文学の名作を読む機会を与えてくれた裁判ではありました。

オスラー博士の「良い医者になるには、必ず医学書以外の本も読みなさい」という教えを守ったわけです。

時は流れ、日本でも巷に「猥褻」なものが溢れる時代となり、

平成8年には伊藤整のご子息の伊藤礼により削除部分を補った完全版が出版されました。

皆様お察しの如く、さっそく買って読みましたが、

自分は善良な普通人ではないらしく、

まったく性的な刺激を受けませんでした。

もしかして、最高裁まで争って有罪にしたのは、

将来の出版を見越した裁判所と出版社が結託しての宣伝工作だったのか?と

邪推しました。

さて、小説ですが、チャタレイ夫人の夫の男爵が戦傷により性的不能になり帰還します。

もともと貴族階級を鼻にかけたプライドだけが高い男で、

妻に対しても思いやりがありません。

寂しい夫人が恋に落ちたのは、

夫が馬鹿にしている労働者階級出身の、逞しい森番の男でした。

彼は実は過去に陸軍中尉にもなった教養のある繊細な男で、

夫人は彼に肉体的だけでなく精神的にも満たされます。

確かに性的描写もありますが観念的で、

昨今の少女コミックの方がよほど猥褻です。

上流階級ということだけに頼っている輩が、

いかに品性に劣っているかを描いていて、

どちらかと言えば社会的小説と言えるでしょうか。

原作の題名は“Lady Chatterley’s Lover”で、

Ladyと同様に「夫人」も元来は身分の高い人の妻という意味なのですが、

どうも日本では「かまきり夫人」

(古いですねえ。しかし五月みどりは当時40歳過ぎてのヌードでも、

学生の僕から観ても綺麗でした)のように

人妻のイメージが強調されてしまいます。

なぜ、今回チャタレイ夫人をとりあげたか?

高校生の僕をドキドキさせた「エマニエル夫人」、

上半身裸に長い真珠のネックレスの端を咥え、

足を組んで籐椅子に座した、

あの映画のポスターの主演女優シルビア・クリステルの一周忌とのことで、

アンニュイな主題歌のメロディと「夫人」という響きを懐かしく思い出したのです。

やはり「夫人」は「旦那」よりいつまでもパワフルで魅力的です。

「かまきり夫人」当時の五月みどりは、中森明菜の「少女A」に対抗?して

「熟女B」という曲をリリースしています。

将来、綺麗に老いた明菜が「老女C」を歌ってくれることを期待したいと思います。

※掲載内容は連載当時(2013年12月)の内容です。