生物学者 福岡伸一 青山学院大学教授の著作から
ルドルフ・シェーンハイマー(1898-1941)の「動的状態」の業績を知った人は多いと思います。
かく言う私もその一人です。
シェーンハイマーの有名な実験は以下です。
普通の餌で育てられた実験用の成熟ネズミに3日間、特殊な餌を与えます。
その餌は、窒素の同位体でラベリングされたロイシン(アミノ酸の一種)を含んでいます。
餌としてネズミの身体に入ったラベリングされたロイシン(重窒素)は
トレーサーとなって餌の行方を教えてくれることになります。
3日後にネズミは殺され解剖されました。
もちろん、糞尿もすべて回収されました。
全ての重窒素が糞尿中に排出されると予想されていたのですが、
結果は予想とはかけ離れていました。
尿および糞中に排泄されたのは投与量の29.6%だけで、
重窒素の半分以上の56.5%が身体を構成するタンパク質の中に取り込まれていました。
特に取り込み率が高いのは腸壁、腎臓、脾臓、肝臓などの臓器、血清でした。
このことは、重窒素アミノ酸を含んだ餌は、
ネズミの消化管でアミノ酸に分解、吸収され、
それらのアミノ酸が新たなタンパク質に組み上げられ、
各臓器、組織に取り込まれていることを示しています。
実験前後でネズミの体重に変化はありませんでしたから、
盛んに合成されたタンパク質と
同量のタンパク質が分解され、体外に捨て去られているということになります。
外から来た重窒素アミノ酸は消化吸収されて後、
瞬く間に身体の構成成分となっていたのです。
そして、時間が過ぎると
身体の構成成分であった重窒素のアミノ酸も分解され、
体外に排出されるのです。
ここにあるのは、流れそのものです。
入れ替わっているのはタンパク質だけではありません。
脂肪組織も然りでした。
身体を構成するあらゆる構成要素が
中に入っては、出ていくのです。
全体の半分の成分が入れ替わる時間を半減期と言いますが、
肝臓では2週間、赤血球は120日、筋肉は180日といわれます。
となると、今の私と1年後の私では
その構成成分は全て入れ替わっていることになります。
ですから今の私と1年後の私は、厳密には全く同じではないのです。
結局、私たちの身体は
常に食べているもので決定されてしまうのです。
今週の表題:「私たちの身体は食べたもので出来ている」とは、
そういう意味なのです。
シェーンハイマーは一連の実験結果を元に
動的状態(Dynamic State)という概念を提唱しました。
福岡博士はそれを発展させて
動的平衡(Dynamic Equilibrium)としたのです。
その上で、
「生命とは動的平衡にあるシステムである」
「生命現象とは構造ではなく「効果」なのである」
と述べています。
「生命とは何か?」を深く考えさせられます。
ここで私は、もう一人の人物を紹介したいと思います。
1977年のノーベル化学賞受賞者イリヤ・プリゴジン(Ilya Prigogine, 1917-2003)です。
その著書名にも唄われていますが、
BeingからBecomingへの飛躍を「散逸構造理論」で解明しました。
散逸構造は岩石のようにそれ自体で安定した自らの構造を保っているような
静的な構造とは異なります。
例えば潮という運動エネルギーが流れ込むことによって生じる内海の渦潮のように、
一定の入力のあるときにだけその構造が維持され続けるようなものを指します。
味噌汁が冷えていくときのベナール対流の中に生成される自己組織化されたパターンに
散逸構造は現れます。
ベナール対流
プラズマの中に自然に生まれる構造や、
宇宙の大規模構造に見られる超空洞が連鎖したパンケーキ状の空洞のパターンも
散逸構造生成の結果です。自然界には溢れているのです。
ベロウソフ・ジャボチンスキー反応も一例です。
動画を観ていただければ、
生命現象における「動的平衡」との親和性が直感できるはずです。
散逸構造系は非平衡開放系です。
「動的平衡」における「動的」とは開放系を意味すると同時に
静的平衡ではないという点で「非平衡」ともいえるのです。
よって、「動的平衡」を散逸構造の非平衡開放系の概念下で捉えると
無機→有機→生命の広大な射程が見えてくるような気がします。
2018年8月22日