147. 田坂広志 教授 退官記念最終講義

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社会医療人の星

母校 多摩大学大学院の田坂広志教授が

大学院専任教授を定年退官されることになりました。

2019年3月9日、退官記念の最終講義が行われました。

ビジネススクールの恩師というより

人生の師ですから

参加しない訳にはいきません。

何とか仕事の都合を付けて、馳せ参じました。

告知が数日前だったにもかかわらず、

私と同じような想いの教え子たちが120名ほど集まりました。

中には、最終講義のためだけにわざわざ台湾から駆けつけた強者もいます。

因みに、彼はイベント終了後、香港に向かいました。

さて、最終講義のテーマは?といいますと、何と!

「生命論パラダイムの時代」でした。

そうです。MED Japan 2018 特別講演と同じテーマです。

勿論、副題の「-21世紀、人類の文明は、どこに向かうか」も一緒です。

医療関係者向けに語られたMEDの内容とは若干違いましたが、

根底の主張は同じでした。

そもそも、田坂氏の数々の著作、多摩大大学院での講義のすべてに

生命論パラダイムが通底しています。

もっと言えば、日常の所作に至るまで、

生命論パラダイムが貫かれていると私は感じてきました。

私の中の田坂広志氏は、

世界の、時代のパラダイムを

新たにシフトさせる預言者の位置づけです。

すなわち、これまでの「機械論パラダイム」の終焉を告げ、

新しい「生命論パラダイム」を預言する指導者です。

この場合、「予め(あらかじめ)」の予言ではなく、

「預かる(あずかる)」の預言である点に私はこだわりを持っています。

天から授けられた真理を人々に伝えるという意味でもあります。

田坂氏との出会いは、私が大学病院から民間病院に出て、

これからの目標を模索しているときでした。

100 賢人 田坂広志 その壱 『意思決定12の心得』
このメルマガも皆様に支えられて100回目を迎えることが出来ました(感謝)。 記念号には、やはり特別な内容で臨みたいと思います。 ...

著作から人物を知り、

その人の教えを乞うためだけに大学院の門を叩きました。

最初の授業での自己紹介で私は、

「理想社会実現のための手法を教えていただくためにこの授業を取りました」とあいさつしました。

ところが、最初の授業で、

「そんな依存心の持ち主では理想社会実現は程遠いし、

そもそも理想社会実現は終わりのない問いである」ことを悟らされました。

最初の授業で安易な気持ちは吹っ飛んだことを憶えています。

2年間の真剣勝負の講義、アフターMBAとしての多摩大田坂塾での学びを通して、

いつの頃からか、私にとっての理想社会実現は

「機械論パラダイム」から「生命論パラダイム」へいち早く転換させることと

イコールになっていました。

「機械論パラダイム」の時代が続けば続く程、

人々のケイパビリティは損なわれ、

幸せの機会損失となってしまうのです。

「生命論パラダイム」への転換を加速させるのが私のミッションになりました。

大学院卒業直後に一般社団法人チーム医療フォーラムを設立したのはそのためです。

外科医のメスを志に持ち替えて、

一人ひとりを手術で治すことから、社会全体を診ていくことを決意しました。

「いのちの場から社会を良くする」というチーム医療フォーラムのミッションは、

「生命論パラダイム」の時代を私なりに解釈した答えです。

今思えば、私の行動の原点には

田坂イズムが根付いていることを感じます。

性急に結果を求めるべきではありませんが、

最終講義の場でこそ、

「いただいた教えをこういうカタチに実現してみました」

と報告したかったとつくづく思いました。

4月以降も大学院の授業を隔週で続けられると聞いていますが、

それでも、この日が一つの節目であることは間違いありません。

田坂広志という人物は、また新しいステージに進まれるはずです。

益々、目が離せなくなるでしょう。

一方、私はと言いますと

大学院の最初の授業で心構えを正されたように

最終講義においても、

これから自分の足でしっかりと歩むよう姿勢を正されたような気がします。

「頂上で再会」が多摩大田坂塾塾生の合言葉です。

参集した同志たちと共に

決意を新たにした一夜でした。

ここまでお読みいただいた皆さんにも

同じような師と友との出会いがあることでしょう。

それを思い出す一助となれば幸いです。

数年前に撮らせていただいた貴重なツーショット

数年前に撮らせていただいた貴重なツーショット