158.『ニューヨーク公共図書館』映画論考

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社会医療人の星

今週は、岩波ホールで公開中の『ニューヨーク公共図書館』を紹介します。

公立ではなく、公共というところがポイントです。

税金によって完全に運営されている場合は公立となりますが、

税金と寄付金で運営されている点で公共なのです。

寄付文化の国、アメリカにおいても

ニューヨーク公共図書館の存在は特殊なようです。

そもそも図書館は、People’s palace

すわわち、市民の宮殿とも呼ばれるそうです。

特にニューヨーク公共図書館の場合、

125年間の歴史を有し、総職員は3000名に上ります。

年間予算は3億7千万ドル(約400億円)と驚くべき金額ですが、

その半分がニューヨーク市からの予算となっています。

まさに宮殿です。

「利己的な遺伝子」のリチャード・ドーキンス博士が

市民相手に気さくに講義しているシーンがあります。

なんとも贅沢な空間です。

 R・ドーキンス博士

R・ドーキンス博士

どうやらこの図書館には、知の巨人たちが頻繁に現れるようです。

このような宮殿のような図書館は、どのように資金運営がなされているのでしょう?

誰もが疑問に思うことでしょう。

400億円の総予算のうち約半分が市の予算であることは先述しました。

州からの予算もいくらかあるようですが、

半分弱が民間の寄付になります。

毎年の市との予算折衝も、日々の図書館活動と市民の評価によって変わってきます。

まず、公的資金(Public)によって新しい企画イベントがなされ、

それが素晴らしいものであれば、民の寄付(Private)を促すことになります。

すなわち、図書館が行う様々な企画イベントの評価は

民の寄付の増額となって現れるというのです。

そして、寄付が増えれば増えるほど

次の公的資金の増額に繋がってくるというのです。

驚くべき仕組みです。

こうした125年間の地道な活動の積み重ねによって

400億円のレベルに到達したことになります。

これこそ、Public private partnershipというものなのでしょうが、

この事例によって、その意味をやっと理解することが出来ました。

この図書館では、文字情報に限らず、

写真やイラスト、音声、映像も含めてあらゆるものが、

その道の目利きたちによって収集されています。

音楽コンサートが開かれたり、

ダンス教室があったり、

演劇の手話通訳があったり、

視覚障害者のための音読教材も数多く制作され、保管されています。

歴史的に価値ある資料のデジタル化にも力を入れています。

WiFiルーターの貸し出しもしています。

これは予想以上に情報格差是正に有効なようです。

このように

市民のありとあらゆるニーズに応えようとしています。

「必要な面倒事」に果敢に挑む図書館員たちの姿に感動しました。

図書館の概念が、覆されました。

これだけで、この図書館の素晴らしさは十分に伝わったと思います。

それは勿論なのですが、

フレデリック・ワイズマン監督によるこの映画も

本当に素晴らしいと思います。

89歳のワイズマン監督は米国においてドキュメンタリーの創始者、父と称されます。

いわゆる巨匠です。

その手法は独特です。

ナレーション無しで、現場の当事者の声をそのまま伝える手法を取っています。

そのため3時間半を超える長時間のドキュメンタリー映画となっていますが、

伝えたい膨大な映像をたったの3時間半に

やっとのことで編集したのだと思います。

本当なら10時間ぐらいの映画にしたかったはずです。

間違いありません。

私がそう感じたのは、

図書館員たちの意気揚々とした言葉にあります。

やりがい、生きがいに満ちた姿が掛け値なしで美しいのです。

これまでドキュメンタリーには全くと言ってよいほど興味はありませんでしたが、

完全にワイズマン監督の手法にやられてしまいました。

3時間半の映画を直接、鑑賞すれば

私の言いたいことがご理解いただけるはずです。

公共図書館に戻りましょう。

ニューヨーク公共図書館のつくり出しているのは

正に生態系です。

正確にはニューヨークという最高の生態系を発展させる

社会装置としての公共図書館の可能性を私は感じ取りました。

このやり方は

私が常々テーマとしている

コミュニティホスピタルにも応用可能であることを直感します。

異分野にこそ、

新しい地平を切り開くアイディアが隠れていることを実感しました。

P.S. 日本語の関連図書があることを知りました。

 菅谷明子著

菅谷明子著

2003年の発刊ですが、決して古くはないはずです。

著者自身がアメリカでフリーのジャーナリストになった際に

ニューヨーク図書館を実際に利用してみて

図書館がアクションの場であることに気づいたそうです。

その上で、日本社会に必要なものであると確信して

日本語での出版に至ったようです。

ご一読あれ!