今は機会が無くなりましたが、私もかつては消化器外科医として手術を執刀していました。
そのときに文字通りの致命的となるのは出血です。
たとえ癌の病巣を完璧に切除できたとしても
その過程で大血管を損傷して止血が出来なければ、患者さんは命を失います。
治療内視鏡でも潰瘍出血や静脈瘤破裂の止血が出来ず、
輸血が間に合わなければ命にかかわることになります。
患者さんの各臓器や体力に全く問題が無くても、
循環に必要な血液が失われるだけで命が失われてしまいます。
医師、特に外科医は、人体がどれくらいの侵襲に耐えられるのかを
肌感覚で分かっているものです。
事業再生のエキスパートで
数々の修羅場をくぐり向けてきた冨山和彦氏の新刊が出ました。
『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』です。
事業再生のプロとして、企業の生命線がどこにあるかを熟知している人です。
さて、この5月を過ぎて、6月になれば、
コロナショックによって、経済的に厳しい状況に追い込まれる
会社、店舗、個人が増えるのは明らかです。
医療機関も例外ではありません。
本書には、これからやってくる修羅場を
どう乗り越えていくのかの智恵が書かれています。
何より大事なのが“キャッシュフロー”だと断言しています。
正確には、手元資金と高マージン率の収益事業(←生き続けるため)が重要なのだと言います。
損益計算(PL)がどんなに優れていても関係ありません。
PLではなく、毎日の資金繰りが大切です。
小規模の個人商店であれば、当たり前のように日々の決算が明らかかもしれませんが、
グローバル企業においては毎日の収支を正確に把握することはかなり難しいでしょう。
実際、そういう正確なリアルタイムのマネジメントが出来る会社は少ないのだそうです。
私たちの身体における血液の重要性を冒頭で説明しました。
コロナショック・サバイバルにおいてキャッシュは、血液と同じです。
医師たちはそれを肌感覚で知っていると書きましたが、
起業再生のプロ中のプロである冨山氏にはキャッシュの最重要性が見えているのでしょう。
本書では「冨山節炸裂!」といった感じで、歯切れのよい箴言が満載です。
読了後に思ったのが、
「企業、組織は、正に生き物だ」という点です。
サバイバルするにはキャッシュが不可欠で、
それが枯渇した途端に死がやってきます。サドン・デスです。
自動車などの器械も燃料のガソリンが無くなれば動かなりますが、
ガソリンが補給できれば再び動かすことが出来ます。
しかし、命あるものはそうはいきません。
失血によって一度死んでしまった身体は、
その後、輸血しても生き返ることはありません。
そして、人間社会、企業、あらゆる組織も同じです。
キャッシュが不足して死んでしまえば、
元には戻れないのです。簡単には蘇生できないのです。
生命とはそういうものです。
人類がグレート・ジャーニーの中で営々と築き上げてきたこの社会も
紛れもない生き物なのだと思います。
会社にとって現ナマのキャッシュが不可欠なように
人間社会にも不可欠なものがあるのではないでしょうか。
この社会に循環している人間同士の信頼がそうなのだと思います。
身体における血液、経済におけるお金、のようなものがあると思うのです。
この社会における人間同士の信頼が基準以下になった瞬間に、
生き物としての人間社会は死んでしまい、蘇ることはないような気がします。
一度失ってしまえば、元に戻すことは基本的に出来ません。生き物ですから…。
コロナショックによって企業が危機にさらされていると同時に、
私たちの社会も人間同士の信頼如何によって、生死が問われるに違いありません。
(2020年5月20日)