220.『富の未来』書評

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社会医療人の星

アルビン・トフラーといえば、

1980年の『第三の波』を思い浮かべる方が多いと思います。

(とは言え、若い人には全く馴染が無いかもしれません)

と言う私も、日本語初版本を所有していますが、

読んだのは出版数年後の大学時代でした。

未来予見の洞察の深さに心底、痺れてしまいました。

本当の知性とは知識の量や幅ではなく、

深さであるということを思い知ったのでした。

当時から、プロシューマ―(生産消費者)の概念は打ち出されていましたが、

今回紹介する彼の最晩年の著作『富の未来(Revolutionary Wealth)』(2006年)でも、

その概念は極めて重要な位置を占めています。

では、書評に入っていきましょう。

本書は、将来の富の体制を明らかにしようとしています。

21世紀中に、文字通り「革命的」な富の体制が生まれるだろうと予見しています。

この場合の富は、金銭だけを意味するのではないと冒頭で宣言されています。

いま、ほとんどの人は金銭経済のもとで生活しているが、本書でいう「富」は金銭だけを意味するわけではない。生活を支えているものにはもうひとつ、ほとんど探求されていないが、じつに魅力的な並行経済がある。 この並行経済でわれわれは、金銭を使わないまま、多数の必要や欲求を満たしている。この二つの経済、金銭経済と非金銭経済を組み合わせたものが、本書にいう「富の体制」である。

平たく表現すれば、新しい経済の台頭を予見しているのです。

しかもその新しい経済は、新規のものではなく

ある意味、金銭経済(以下、貨幣経済)よりも古くから存在し、

規模も巨大であると言います。

出版年の2006年頃の貨幣経済の規模は、世界全体で年間の総生産がほぼ50兆ドルだったようです。

そして、その50兆ドル以外に、50兆以上の「簿外」の経済があると主張しています。

それを彼は、生産消費経済と命名しました。

先の著作『第三の波』で「生産消費者」という造語を生み出したと書きました。

販売や交換のためでなく、自分で使うためか満足を得るために財やサービスを作り出す人と定義されます。

また、個人または集団として、生産したものをそのまま消費するとき、「生産消費活動」を行なっていると表現します。

具体的には、家族が家族のために行う家事がその一つです。

家族間でのやり取りですので、金銭のやり取りは基本的にありませんし、

貨幣経済の GDP にはカウントされないのです。

実は、 私たちの日常生活において、こうした金銭のやり取りを含まない 活動が

多々あるのです。

ちょっと考えただけでも、たくさんの労働、活動が当てはまることに気づくはずです。

そして、重要なことに、こうした生産消費経済がなくなれば、

10分後には年に50兆ドルの金銭経済が機能しなくなるというのです。

生産消費経済のイメージが掴めたでしょうか?

でも、まだ生産消費という言葉に違和感がある方が多いのではないでしょうか?

田坂広志氏は、それを『目に見えない資本主義』の中で

ボランタリー経済(自発経済)と表現しています。

なるほど、納得です。

かなりイメージし易くなったのではないでしょうか?

その解釈を踏まえて、私はそれを

ギフト経済

と呼びたいと思います。

この場合のギフトには純粋贈与の含意があり、

贈与経済➡交換経済➡貨幣経済の変遷における

原始の贈与経済とは峻別しておきたいと考えています。

ギフト経済のギフトには、日本精神の陰徳も含まれます。

困っている人を見かけては、さっと手を差し伸べたり、一声かけたりの、

何気ない行動も含まれます。

金銭で成り立つ経済は、その場で交換が完結してしまうため静的なものに留まります。

しかし、ギフトはその場で完結することは無く、

受け手と送り手の双方に目に見えない感情が生まれることにより

創造的、発展的な進展が生み出されます。

ある意味、曖昧さを有するために生命的要素を獲得していくのです。

私は、先の田坂広志氏が提唱する「生命論パラダイム」の信奉者ですが、

未来は、社会が丸ごと、生命的となり、その成員である私たちも含め

躍動感に満ちたものになっていくのだと思います。

ギフト経済については、将来、貨幣経済、資本主義経済に代わって

浮上するであろうと予言しておきます。

詳細は別の機会に説明したいと思います(乞うご期待)。

さて、本書のカバーに、共著者であり最良の伴侶であった

ハイジ・トフラーとの仲睦まじい写真が掲載されています。

ハイジ・トフラー

実は、彼の著作の殆どが彼女との共同作業であったことが明かされています。

私は特にソウルメイトの存在を信じてはいませんが、

お二人は間違いなくソウルメイトであったのだと思います。

アルビン・トフラーは2016年6月27日に

カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で亡くなりました。

87歳でした。

恐らく奥様に最期を看取られての旅立ちだったのでしょう。

コロナ禍で全世界、全人類が岐路に立たされている今、

彼ならどのような答えを導いたでしょうか?

直接、聞きたかったという強い想いが残ります。

否、

彼は既に本書でそれを宣言していたと気づくのでした。

生産消費経済社会、ギフト社会が到来するのだと…。

(2020年7月29日)