92 競合と補完 〜平昌オリンピックに惟う〜

社会医療人の星

平昌オリンピックが盛り上がっています。

日本選手の活躍によって盛り上がりが加速しているように感じます。

見ないつもりでいても、

つい惹き込まれて見入ってしまうのがオリンピックです。

数々のドラマが生まれています。

人工知能(AI)やロボットの普及によって

私たちの仕事や生活は一変していくのでしょうが、

このようなスポーツの世界は

AIやロボットには永遠に真似出来ないものなのだと思います。

人間が人間の可能性を知り、

その尊厳を確認できる素晴らしい祭典といえるでしょう。

これからの時代に遺していかなければならない

人類の大切な遺産なのだと思います。

オリンピック・チャンピオンはその競技の絶対的存在です。

それを世界規模で認証するイベントがオリンピックです。

世の中の全ての関係性には「競合」と「補完」があるといいますが、

「競合」の世界での最終勝者がオリンピック・チャンピオンとなるのです。

金メダリストには、「競合」の頂点を極めた者だけが持つ

研ぎ澄まされた孤高の雰囲気を感じます。

たゆまぬ努力を続け、人間の可能性を開いていけるのは

「競合」の持つ素晴らしい世界観でもあります。

私はメダリストたちのコメントを聴くのが好きです。

本当に清々しい気持ちになります。

これまでは、「競合」の世界を極めた人から何かを学びたいという気持ちが

そんな気にさせるのだと漠然と考えていました。

しかし、今回の平昌オリンピックにおいて

多くのメダリストたちが一様に、

感謝の気持ちを表明しているのを観て考えが変わりました。

男子フィギュアスケートの金メダリスト 羽生結弦 選手然り、

スノーボード男子ハーフパイプの銀メダリスト 平野歩夢 選手然りです。

自分を称えること以上に、周囲への感謝を口にしています。

そこには、この世界のもう一つの関係性、

「補完」があるような気がします。

少なくとも私は、「競合」の世界の頂点に立つ人物の中に

「競合」と同量以上の「補完」の世界を感じるのです。

例えが適切かどうかは分かりませんが、

「強くなければ、優しくなれない」のであり、

「優しくなければ、強くなれない」のです。

私たちは今、「競合」の世界観で生きていることが多いと思います。

社会的ポジションが上がれば上がるほど、

「競合」の価値観の人に囲まれて仕事を進めざるを得ない状況が多くなります。

実生活の中で、「競合」の価値観オンリーの人に出会うことがありますが

ある意味、恐ろしさを感じてしまいます。

ある宗教家が「天地一切と和解する」ということを口にしていました。

私もそのような補完的価値観を大切にしてきました。

「競合から補完へ」の移行を人生のテーマにしてきたようにも思います。

それだけに、最近の私は、異質の疲労感を覚えるようになっているのかもしれません。

さて、女子スピードスケート500メートル競技をご覧になられたでしょうか?

金メダリストの小平奈緒選手の滑りは本当に素晴らしかったですね。

そして、それ以上に競技終了後の2位の韓国の李相花選手との会話に心打たれました。

レース直後、小平選手は李選手に「私は貴方を尊敬している」と言葉をかけたそうです。

勝者の味も、敗者の味も知っている者たち同士の美しい会話です。

ナンバーワンを目指すアスリートとして尊敬し合う2人の姿を美しいと感じました。

私たちが感動したのは、

究極の「競合」や完全な「補完」の世界ではなかったように思います。

それは、

競合の中の補完

あるいは

補完の中の競合

だったのでしょう。

競合と保管競合と保管

次の瞬間、「競合から補完へ」等と考えていた自分の浅さを思い知りました。

両者に優劣はなく、どちらも大切な概念です。

「競合から補完へ」から「競合と補完」に

(↑ この違い、分かっていただけるでしょうか?)

マインドセットを変えていこうと思いました。

平昌オリンピックから、「競合と補完」の重要性を改めて惟ったのでした…。