当メルマガ100回目の記念号で田坂広志氏を紹介しました。
田坂氏を敬愛する人は多いでしょう。
その中の多くの方が一様に称賛する書が
『仕事の思想』ではないかと思います。
田坂氏 48歳時の出版です。
既に私はその歳を超えていますが、
人間への視線の深さ、確かさ、温かさ
どれをとっても遠く及ばないことを白状せざるを得ません。
私がその書を最初に読んだのが、確か38歳だったと記憶しています。
著作によって、そのような深い思想に触れていながらも
成長の遅い自らを自覚せざるを得ません。
それ以上に、あの時この書に出会っていなければ
成長すら意識していなかったかもと思えてゾッとさせられます。
十話構成の最初の第一話のエピソードを紹介します。
「ある友人の就職」というタイトルが付けられています。
大学卒業前の同級生との就職先についての会話です。
教育学部の友人が最初の就職先として選んだ高校が、
落第、退学、非行、校内暴力…
多くの問題を抱えた学校だったのです。
田坂氏の同級生ですから、当然 東大生なのです。
普通は、自分と同じような俊英揃いの進学校を選ぶと思うのですが、
彼はそうしなかったというのです。
ある意味、間逆の高校を選んだのです。
その理由の問いへの返答に、私は心から感銘を受けました。
「たしかにあの学校は、非行や校内暴力が問題になっている高校だよ……。
だけど、そうした学校にこそ、本当の教育が必要なのではないだろうか……」
この若者の静謐な魂の力に圧倒されました。
とても二十歳そこそこの若者とは思えません。
社会の本質に正面から立ち向かおうとする静かな決意、深い覚悟を感じました。
成熟した思想とはこういうものを指すのでしょう。
以来、私は仕事というものを考える時に
この深い次元で捉えるように意識してきました。
その直後に、任意団体チーム医療人フォーラムを立ち上げ、
数年後に一般社団法人チーム医療フォーラム設立へと繋がってくるのです。
今の私が、医師の傍ら、社会起業家として敢えて苦労の道を選ぶのも、
本当の教育を目指した彼の存在を知ったからかもしれません。
素晴らしい生き方だと思います。
しかしながら、現実社会は
青年の理想だけでは走り切れない一面があることも学んできたつもりです。
あの若者はどのような先生になったのか?
一読者の私が知る由もありません。
真の教育の実践者になっているかもしれませんし、
理想からは程遠い途上で、悪性苦闘しているのかもしれません。
はたまた、夢破れてしまっていることもあるでしょう。
私自身も、理想を抱いて社会起業家の道を走っていますが、
何も成し得ることなく敗れ去る人生かもしれないことを常に意識しています。
それでも良いと思っています。
あの真の教育を目指した若者も、敗れ去ることも覚悟の上で出発していたはずです。
そういうものだと思うのです。
振り返れば、第十話で紹介される映画『カッコーの巣の上で』の深い解釈を知った時に、
私の中で先の覚悟が定まったような気がします。
ある企業では、就職試験の後、
採用しなかった学生全員に『仕事の思想』を贈っているそうです。
入社試験を受けに来てはくれたけれども採用までのご縁ではなかった人に
『仕事の思想』をプレゼントすることで
社会人の先輩としての何かを伝えようとしているのでしょう。
確信を持ってお薦めする良書です。
2018年5月30日